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東京地方裁判所 昭和51年(行ウ)66号 判決

原告 漆原徳蔵 ほか三名

被告 本郷税務署長

代理人 高梨鉄男

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事  実〈省略〉

理由

一  請求原因1及び2の事実は当事者間に争いがない。

二  本件課税処分の適否

原告らの申告にかかる相続財産の価額三三五三万九六一〇円に預貯金計上洩れ六二〇六円を加算すべきこと並びに相続債務が一六二〇万円であることについては当事者間に争いがない。そこで、被告が主張するその余の加算項目について判断する。

1  貸宅地の評価誤謬について

(一)  本件土地が漆原不動産に地代年額六七二万円で賃貸されており、その自用地としての価額は五六〇二万一九五〇円であること、原告らが本件土地の貸宅地としての価額を右自用地としての価額の二〇パーセントとして申告したことは、当事者間に争いがない。

(二)  ところで、借地権が設定されている土地について、その設定の際に権利金等の名目で一時金が支払われている場合には、土地所有者においてこれに相当する土地使用の対価を取得したものとして、その一時金の法的性質いかんにかかわりなく、地代の額がそれだけ低く定められているのが通常である。この場合、借地人は、その土地使用の適正な対価としての相当地代を下回る地代を支払うことによつて当該土地を独占的に利用することができるので、貸借期間中右相当地代と実際に支払う地代との差額に相当する経済的利益が借地人に帰属することとなる。借地権の設定に際し権利金等を授受する慣行のある東京都のごとき大都市において、借地権それ自体が独立の取引対象とされ、借地権価額あるいは借地権割合なるものが形成されているのは、主として、借地人に帰属している右の経済的利益を評価したものであると解される。したがつて、このようなものとしての借地権価額は、実際に支払う地代の高低と密接な関係をもち、同一の借地であつても、地代の高いものは借地権価額が低く、地代の低いものは借地権価額が高いという関係に立つということができる。このことを底地価額のほうからいえば、借地権の設定により土地所有者に留保されている底地の権利は経済的・実質的には主として地代収受権能にほかならないから、高額の地代が定められている土地ほど底地価額は高いものとして評価されることとなるのである。そうすると、借地権の設定に際し権利金等を授受する慣行のある地域であるにもかかわらず、その授受がなく、このため地代の額が相当賃料によつて定められ、近隣における地代と比較しても著しく高額であつて、借地人に帰属すべき右の経済的利益を認めることができず、その反面、土地所有者がかかる高額の地代を収受することによつて当該土地の資本的活用を十分図ることができる場合(すなわち、地代の資本還元額が当該土地の自用地としての価額と等しくなるような場合)においては、借地権としての経済的価値はほとんど認識されず、当該土地の底地価額は自用地としての価額とほぼ同額に評価されるべき理である。

もつとも、借地権は、地代の高低にかかわりなく、法律上種々の保護の対象とされており、また、借地権の設定により、土地所有者としては契約条件に基づく土地の最有効利用の制約を受け、譲渡や抵当権の設定等も事実上制限されることとなるのであるから、借地人に帰属すべき前記の経済的利益の有無のほかに、かかる事情が付随的に賃貸地の評価になんらかの影響を及ぼすことを否定することはできないし、更にまた、借地人に帰属すべき前記の経済的利益そのものも、必ずしも厳密な計算どおりの割合によつてそのまま借地権又は底地の価額に反映しているものでないことは事柄の性質上当然である。

(三)  ところで、相続税財産評価に関する基本通達によれば、借地権の設定されている貸宅地の価額は自用地としての価額から借地権価額を控除した価額によつて評価し(前通達二五)右借地権価額は自用地としての価額に国税局長が別に定めている借地権割合を乗じて計算した価額によつて評価する(同通達二七)、こととされている。そして、本件土地を含む近隣地域については国税局長の定めた借地権割合が八〇パーセントであることは、当事者間に争いがない。この借地権割合による評価にあたつては、原則として個別の借地権の契約内容等は考慮されないのであるが、<証拠略>に徴すれば、右借地権割合は、当該地域における標準的な地代のもとでの標準的借地権を前提として定められたものであることが明らかであるから、たとえば、権利金等授受の慣行のある地域においてこれが授受されないため地代が著しく高額に定められている場合などのように右の前提条件を欠く借地権の評価について、右の標準的借地権割合をそのまま適用することはもとより相当でなく、前記(二)の見地に立つて調整を図る必要があるものというべきである。

(四)  そこで、本件についてみるに、前記当事者間に争いのない事実と<証拠略>に弁論の全趣旨を総合すれば、本件土地は、昭和四〇年ごろ原告ら漆原一族の経営する漆原不動産(代表取締役原告漆原徳蔵)に賃貸され、同地上には右会社所有の鉄筋コンクリート造地上一〇階地下二階建て建物が存在すること、本件土地を含む近隣地域においては、借地権の設定に際して権利金等の一時金を授受する慣行があつたが、漆原不動産に対する右借地権の設定に際しては権利金等がまつたく授受されず(この点は当事者間に争いがない。)、地代の額は相当賃料を基準として年額六七二万円と定められたこと、右地代額は、本件相続当時における本件土地の自用地としての価額の約一二パーセントにあたるが、国税不服審判所係官が昭和四五年当時の右地域における借地の地代例七六件について調査したところ、地代額の正面路線価格に対する割合が五パーセントを超えるものは七件(うち一〇パーセントを超えるもの一件)だけで、一パーセント未満のものが四五件に達し、全体の平均割合は約一七パーセントであつたこと、したがつて、本件地代額は近隣のそれに比較して著しく高額であり、その資本還元額を市中金利年八パーセントとみて複利年金現価率によつて計算すると、借地権の存続期間を六〇年とした場合には八三一六万六七二〇円、三〇年とした場合には七五六四万七〇四〇円、二〇年とした場合でも六五九七万六九六〇円となり、いずれも本件土地の自用地としての価額五六〇二万一九五〇円を超える額に達すること、が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実によれば、借地人たる漆原不動産は、本件土地を利用するために近隣の多くの借地権の地代率を一〇パーセント以上、市中金利を四パーセントも上回る著しく高額な地代の支払いを必要とするのであつて、借地権価額を評価する基礎となる前記の経済的利益を享受しているものとみることはできず、一方、土地所有者としては、右高額な地代を収受することによつて投下資本に相当する利益をあげることが可能なものということができる。

してみると、このような異例の借地権の評価については、国税局長の定めた前記の標準的借地権割合八〇パーセントをそのまま適用する余地はないものというべきであり、借地人に帰属する経済的利益のみを基準として右借地権を評価する限りは、これに価額を認めることは困難であつて、底地価額が自用地としての価額とほぼ等しくなるとみるほかはない。しかしながら、このような借地権であつても、前記のとおりその法的保護等のゆえに土地の価額の評価になんらかの影響を及ぼすものであるし、また、権利金授受の慣行のない地域についても従来から一般に借地権割合が二〇パーセントとみられているという<証拠略>をも勘案すれば、本件において、被告が借地権割合を二〇パーセントとし底地価額を自用地としての価額の八〇パーセントと評価したことは相当として首肯しうるものというべきである。

(五)  以上に対し、原告らは、借地権価額が認められるのは、専ら借地権が法的保護を受けることによるものであつて、借地人に帰属する前記経済的利益によるものではないと主張し、その根拠として、法的保護のうすい使用借権には価額が認められていないこと、また、<証拠略>の調査結果にあらわれた近隣借地の地代率とその地域の借地権割合八〇パーセントとの間には計算上もなんらの関連性が認められないことなどを指摘する。

しかしながら、まず、使用借権は特殊の人的事情等により経済上の関係を度外視して設定されるのを通例とするものであるから、これとの対比において借地権価額につき論ずることは当を得たものということができない。また、<証拠略>の調査結果は、対象借地権の設定時期や地価の変動に伴う地代の推移状況等を明らかにしていない点でその数値の示す意味にはおのずから限界があることを免れないが、右調査事例中過半数を超える借地権の地代率は一パーセント未満であるので、仮にこれを一パーセントとし、市中金利を年八パーセントとみて、その差七パーセントについて資本還元すると、賃借期間二〇年で約六八パーセント、三〇年で借地権割合にほぼ近い約七八パーセントに達することが明らかであり、概数としては右地代率と借地権割合との間に関連性を認めうるものというべきである。<証拠略>中、取引の実際において地代の高低にかかわりなく借地権価額が定められる旨の供述部分は採用することができず、他に先の判断の妨げとなる資料はない。

(六)  そうすると、本件土地の貸宅地としての価額は四四八一万七五六〇円となるから、これと原告らの申告額との差額三〇一七万〇三六〇円を本件相続財産の価額に加算すべきである。

2  貸家建付借地権及び貸家の計上洩れについて

原告らは、被告が本件相続財産に本件借地権及び貸家の全部の権利が含まれる旨主張を変更することは許されないと主張するが、そのように解すべき根拠はない。

原告らが本件借地権のうち持分四分の一のみか亡操の相続財産であるとしてその持分の価額を四四八万二〇一六円と申告し、本件貸家については申告しなかつたことは当事者間に争いがないところ、<証拠略>及び弁論の全趣旨を総合すると、亡操は、先代相沢フミの死亡によつて同人が有していた本件借地権及び貸家全部の権利を相続により取得していたものであり、したがつて、右権利全部が本件相続財産に属していたこと、本件相続においては原告漆原徳蔵が右権利全部を単独で取得するに至つたことが認められ、<証拠略>中右認定に反する部分はたやすく措信し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。そして、本件借地権の評価額が九四八万七九六八円、本件貸家の評価額が一八二万六八八〇円が相当であることは、当事者間に争いがない。

そうすると、本件借地権についてはその申告額と右評価額との差額五〇〇万五九五二円を、また、本件貸家については右評価額一八二万六八八〇円を、相続財産の価額に加算すべきこととなる。

3  生前贈与計上洩れについて

亡操に帰属すべき本件貸家の賃貸料等が昭和四四年二月から四月の間に三回にわたり合計二四〇万円原告漆原徳蔵の普通預金口座に入金されていることは当事者間に争いがない。

原告らは、右入金は、原告漆原徳蔵が亡操の依頼により天理教本星分教会に立て替えて支払つた二五〇万円の返済のためのものであると主張するが、同旨の<証拠略>はたやすく措信し難く、また、右主張にそうかのような記載のある<証拠略>も、<証拠略>によれば、右本星分教会の者が原告漆原徳蔵の依頼によりこれに迎合して真偽を確かめないまま作成したものであることが明らかであるので、採用することができない。他に右入金の趣旨に関する原告らの主張を認めるに足りる証拠はない。

そうすると、右入金につき首肯しうる他の事情の主張、立証のない本件においては、右金員は、原告漆原徳蔵が亡操から生前贈与を受けたものと推認するのが相当であり、右認定を妨げるべき資料は存しない。

以上のとおりであつて、被告が本件相続財産の価額として加算すべきであると主張するところはいずれも正当であるから、本件課税処分に課税価格を過大に認定した違法はない。

三  よつて、原告らの本訴請求は失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐藤繁 八丹義人 佐藤久夫)

課税処分の経過表、物件目録、計算表 <略>

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